保护自然的文章 读后感 日语 300字即可 用日语简体写
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发布时间:2023-07-22 14:17
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时间:2023-09-18 00:04
雪解けの罗臼岳(らうすだけ)は白黒の肌をさらし、アイヌ民族がレプンカムイ(冲の神)とあがめるシャチを思わせた。陆と海がユネスコの世界自然遗产に登録されて间もなく5年。北海道の知床半岛を访れた
积雪开始溶化的罗臼岳露出了它黑白两色的肌体,这让人们联想到虾夷族尊崇为海神 (rep-un-kamuy)的虎鲸(Orcinus orca)。就在这被联合国教科文组织(UNESCO)注册为*和海洋世界自然遗产后即将到5年之际,我造访了北海道的知床半岛。
▼遗产地域に入るやいなや、エゾシカの群れ、キタキツネ、ヒグマに出会った。青空ながら、知床连山からの吹き下ろしがクマイザサの群生をもてあそぶ。ダケカンバやトドマツのくすんだ森に、薄红を散らしてエゾヤマザクラ、白はキタコブシ。待ちこがれた春である
▼刚进入(自然)遗产地界就遇上了北海道梅花鹿(Cervus nippon yesoensis)的鹿群、北狐(Vulpes vulpes schrencki)和棕熊(Ursus arctos)。尽管碧空如洗,但是知床群山吹来的过山风舞动着满山遍野的日本矮竹(Sasa senanensis),茂密地生长着岳桦(Betula ermanii)及椴松(萨哈林冷杉) 的树林里粉红色的大山樱(Prunus sargentii)、白色的皱叶木兰(Magnolia praecocissima var. borealis)点缀其间。这里正是人们翘首以盼的春天。
▼一角で、地元斜里(しゃり)高校の1年生が植树をしていた。引率の植木玲一教谕(43)が语る。「豊かな自然を当たり前と思っている生徒に、それを真剣に残そうとする大人たちの姿を见せておきたい」
▼在此一角,当地斜里高中的一年级学生们正在植树,带队的植木玲一教谕(43岁)说:“我们想让这些把大自然的富饶认为是理所当然的学生们知道,大人们是如何认真地对自然进行保护,让它们源远流长的”。
▼ 斜里町が植树を始めたのは33年前だ。広く寄金を募り、开拓者が手放した农地を森に戻す运动は、乱开発の防波堤となった。町长を5期务めた午来昌(ごらい・さかえ)さん(73)は「世界遗产は出発点。住民は夸りを持ってこの地を守ってほしい」という
▼斜里町进行植树活动开始于33 年前,广泛地募集资金,并将拓荒者开垦的农田退耕还林的运动成为了阻止乱砍乱伐的防洪堤。连任5届町长的午来昌先生(73岁)说:“被列为世界(自然)遗产是一个新起点,希望当地的居民以此为荣并且更好地保护加以保护”
▼状况は甘くない。アイヌの守护神シマフクロウは残り约120羽とされる。巨体が収まる大木が消え、饵の鱼はコンクリに阻まれ川を上れない。一方で、急増するエゾシカは木々を食い荒らす。ひとたび崩れた生态系は厄介だ
▼实际状况不容乐观,被尊崇为虾夷族人守护神的毛腿渔鸮(Ketupa blakistoni) 只剩下了120只。原因是可以让它那巨大身体栖息的大树逐步消失,作为它食饵的鱼受阻于混凝土堤坝而不得逆流而上。另一方面,急剧增加的北海道梅花鹿又啃光了树木。遭到破坏的生态体系实在是不容易恢复。
▼希望もある。知床の価値と苦闘を知って、全国から生物や环境の専门家が参じ、午来さんらが作った知床财団を拠点に奔走している。财団のサポーター(賛助会员)になろうと思う。一つ一つの遗产を磨くことが、ひいては地球と人间を救う。ひとごとではない。
▼当然也有希望。在了解了知床的价值和艰难后,来自全国的生物及环境专家以午来先生组建的知床财团为根据地八方奔走展开了积极的工作,决心要成为财团的后援(赞助成员)。为一个个(自然)遗产增添光彩的工作从大了说就是拯救地球和人类,是和每个人息息相关的事。
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时间:2023-09-18 00:04
第一个:暑假我要做什么
私の夏休み
私は夏休みに留学や旅行をしたいんですが、まだ具体的な计画は立てていません。たぶん行けないと思います。夏休みにはまず部屋の扫除をしたいいんです。それから、本をたくさん読みたいです。日本语の本も、英语の本も、小说も読みたいです。それから、友达と病院でボランティアをやります。最後に、学校の新入生のキャンプに出るつもりです。新入生のキャンプに参加するのは初めてですから、とても期待しています。夏休みはとても长いですから、ずっと家にいて、テレビやコンピュータを使って、时间を无駄にするのはいけないと思います。
第二个:将来我要做什么
将来の梦
小学校の先生に、「あなたは将来何になりたいですか?」と言われて、とても困ったことがあります。というのも私にはこれといった「梦」がなかったからです。
それで、私は「先生になりたい」と答たのですが、それは保育园の时の先生がやさしくて、大好きだったからです。だれだってそうかもしれませんが、私も子どものころは身近にいて、大好きな人に憧れていました。
今、私は大学生になりました。确かに、子どものころの梦を追い続け、宇宙に行ったり、オリンピックで金メダルを取ったりする人もいます。しかし、たいていは、自分にはそんな才能もないし、失败したら取り返しがつかないと思って、谛めてしまうのではないでしょうか。
今の私は、平凡でもいいから、生活を楽しみながら、自分らしく生きて生きたいと思っています。それが私にとって、一番幸せに近い道だと思うのです